
人生の目的と信心修行の意味
信心に疲れると、その目的も見失ってしまいます。
勤行のための勤行、折伏のための折伏、信心のための信心となって疲弊・退転しては本末転倒ですから
ここで少し休憩して【成仏のための信心】を思い出し、大聖人が何を伝えたかったのか、御本尊様との御縁を保つ理由、信心修行の意味を考えてみます。
「後生の大事をまず第一に知るように」と仰せのとおり、宗教の枠を超えて考えてみました。
このページ(ページ中腹、3番の項目)でいう
「転ぶ(転ばないようにする)」ということと「御本尊様との御縁を保つ」ということには、【過去世と同じ轍を踏まない(=効率よく成仏に前進する)】というスケールの大きな意味があります。
人間の魂は常に向上を目指すもののようで、現世で何を考えていたとしても
死後には過去世のすべてを思い出し、直近の現世での人生を反省するそうです。
そうして再び、因果の回収と修行のために転生するのだとか。
これは現代に残る交霊術などの記録本に書かれている話ですが、法華経に説かれる即身成仏の話や、大聖人の御書にある【後生の大事】と考え合わせると、日蓮正宗の修行には【過去世と同じ轍を踏まずに、効率よく確実に成仏する】という意味が伺えて、とても納得できる話です。
たとえば、過去世において困難に遭い、自殺をする事でそれを回避しようとした魂は、死後にその罰と言えるような辛い目に遭い、ようやく転生が適っても再び似た困難に立たされて、魂の向上のために 生きて解決を図る事を試されます。それが果たされるまで何度でも。
これは自殺以外にも、生前に悪い行いをする性質=成仏に反する性質や考え方の魂にも適応されるようです。1回の転生でその悪い部分を改善する事が難しいために、人間は数多くの転生を繰り返すのだそうです。
しかし、そこに日蓮正宗の御本尊様による法華経の功徳が得られると、過去世と同じ悪い行動や解決方法を選ぶのではなく、全て1回の転生=今生のみで より良い解決ができるように導いて頂けるという事です。
なので即身成仏・現世安穏(後生善処)というのは、全ての悪い因縁がチャラになるのではなく、転重軽受・更賜寿命 の功徳を得られるという事なのです。
導いて頂けるから、重い罪の結果を軽く受ける事ができて
1回の転生でクリアできるようにするために、まだ解消するべき罪障や因縁があるからこそ、寿命を延ばして頂けるという意味です。
つまり、一度窮地を功徳によって救って頂けても、その後に苦難が全くない訳ではないんですね。^^; 御書の「法華経を信ずる人は冬のごとし。冬は必ず春となる」という御文はこれを表しています。
ポイントは、過去世と同じ轍を踏まずに、一歩でも成仏へ前進する事です。
日蓮正宗の本門戒壇の大御本尊様との御縁を保てば、無意識にもそれが叶うという大変お得なお話です。勤行と唱題はもちろんですが、この大変お得な話を人に伝える折伏の功徳が非常に大きいというのは、そういう事なんですね。
なので、信心に疲れた時こそ 御本尊様との御縁を保つ事を第一に、 御開扉だけは必ず受けて、水の信心で生きていきましょう。
なんだかんだで相当、先の長い話ですからね...。( ̄∇ ̄;)
今現在が難しいのに、後生なんて考えられませんw
でもそれを転生して繰り返すなんて御免だから、勤行して御本尊様にお任せしちゃいましょうw
焦る事はありません。たとえ今、お寺で聞くような100%の信心ができなくても、御授戒を頂いていて、たとえ毎日ではなくても御本尊様に勤行できていれば、御授戒を頂いていない場合よりは成仏に近づいているのですから。
信心に疲れている時は「家の御本尊様を宝の持ち腐れとしないように気を付ける。年に1回は御開扉に行って、家で勤行ができない時はせめて、日々の三唱とお給仕だけでも続ける。」そんな水の信心で、御本尊様との御縁を保ちましょう。